本文へジャンプ

理事長挨拶

理事長
日本歯科大学 教授
口腔リハビリテーション多摩クリニック 院長

菊谷 武

【口腔リハビリテーション学会理事長に就任して】

30数年前、大学を卒業して「高齢者歯科」にその席を置くことになった私は、当時、まだバブルの香りの漂う東京の大学病院で高齢者の歯科診療を行っていました。補綴歯科の専門家である先輩たちから手ほどきを受け、それなりの治療ができるようになり、すこしいい気になりかけていた私は、「勝利の方程式」が見えた気になってきていました。

一方、老人病院にその仕事場を求めたとき、その方程式は見事に崩れ去りました。大学病院の外来ではほとんど出会うことのなかった認知症の人や脳卒中の人には、全く通用しなかったのです。そんななか、医学領域では認知症による認知機能低下は改善しない、脳卒中による運動障害はあるレベルより改善しないとして捉えられ、もうすでに「治す医療」から「支える医療」に考え方のシフトが行われていたことを知りました。患者の脳は損傷や萎縮により傷害を受け、その脳の支配で動く身体は、力強くまたは巧みに動かなくなるのは当然です。脳が元の状態に戻らなければ、治らないものとして捉えられていたわけです。このことは口にもいえることで、「治す歯科医療」から、「支える歯科医療」への転換が必要ではないかと気づかされたわけです。

リハビリテーションの考え方では、機能訓練も重要ですが、回復がプラトーに達したとき、回復が望めないときなどは、代償的アプローチを提案します。歩行訓練するときに麻痺が残っている場合は、転倒しないように杖を使った歩き方を教えます。さらには、杖を使った人でも移動しやすいように、環境にも配慮していきます。家にスロープを付けたり手すりを付けたりします。それは、リハビリテーションの目標を、昔のように歩けるようになることに置いていからこその対応です。お気に入りのレストランに今後も行き続けることができるように、趣味の旅行を続けられるようにすることを目標にしているのです。そうすれば、何が何でも昔のように歩くようになれなくてもよいのです。

私たちの一丁目一番地である咀嚼機能とて同じです。たとえ歯があっても、適合の良い義歯が装着されていても、舌の動きや咀嚼の運動が十分できなければ、咀嚼機能は改善しません。やはり咀嚼障害は残存するわけです。そこで、たとえば、咀嚼障害があっても噛みやすく美味しい食事の調理方法を指導することや、やわらかくておいしい食事を提供してくれるレストランを紹介することを行うことなどで、咀嚼障害があってもおいしい食事を楽しむことができるようにすることが、リハビリテーションといえるわけです。これに気づいた私は、歯科医療にこそリハビリテーションの概念を取り入れるべきと考えたのでした。

そして、今般図らずも、本学会の理事長を仰せつかることになりました。これまで、本学会を築き、反映させてきた諸先輩先生方に尊敬の念を持ちつつ、新しい本会を盛り上げていく所存です。

どうぞ、応援のほどよろしくお願いいたします。